ISO 23247-5:製造業向けデジタルツインにおける「デジタルスレッド」の全貌

製造業におけるデジタルツイン活用において、現場のリアルタイムデータを収集・可視化するだけでなく、製品や設備のライフサイクル全体にわたるデータを一本の糸のように紐付け、追跡・可視化する仕組み(デジタルスレッド)が重要視されています。
2026年に正式発行されたISO 23247-5(Automation systems and integration — Digital twin framework for manufacturing — Part 5: Digital thread for digital twin)は、デジタルツイン環境下でのデジタルスレッド構築に関する国際規格です。
本記事では、ISO 23247-5の概要、デジタルスレッドの概念や歴史的背景、規格で定められている重要要素、および製造現場における価値についてわかりやすく解説します。
デジタルスレッド(Digital Thread)とは?
概念の基本
デジタルスレッドとは、製品や設備、プロセスの企画・設計から製造、出荷、運用、保守、さらには破棄・リサイクルに至るライフサイクル全体を通じて発生するデータを、切れることなく一貫して連結(リンク)させたデータの流体・ネットワークを指します。
用語の歴史的背景とPLMとの関係
言葉としての登場順で言えば、「デジタルツイン」の方が先に登場しました。「デジタルスレッド」はそれに比較すると比較的近年に登場した概念です。
2002年:デジタルツインの誕生
ミシガン大学のMichael Grieves博士がPLM(製品ライフサイクル管理)に関する講演の中で概念モデル(Mirrored Spaces Model)を提唱したのが原点です。2010年前後にNASAや米国空軍の技術ロードマップ等で「Digital Twin」という名称が定着しました。
2010年代前半:デジタルスレッドの登場
米国空軍や大手防衛産業において、複雑な航空機などの開発・製造・保守データを一貫して追跡・連携する仕組みを表現する言葉として「デジタルスレッド」が使われ始めました。
根底にある「PLM」の思想
用語の誕生自体は2000年代以降ですが、「設計から製造・運用に至る製品データを一貫管理する」という思想自体は、2000年代以前から存在するPLM(Product Lifecycle Management)に深く根ざしています。
従来型のPLMが主に「設計図面や部品表(BOM)など静的なデータの管理」を中心としていたのに対し、IoTの普及に伴い「現場で発生する動的・リアルタイムなデータ(デジタルツイン)」と「静的な設計・保守履歴データ」を結びつける必要性が生じ、両者を繋ぐ軸として「デジタルスレッド(ISO 23247-5)」が標準化されるに至りました。
なぜデジタルツインに「スレッド」が必要なのか?
ISO 23247のPart 1〜4で定義された従来のデジタルツイン枠組みは、「今まさに工場で動作している装置や製造中の製品」のリアルタイム状態(データ)をデジタル空間に再現することに長けていました。
しかし、実際の製造現場では以下のような課題が存在します。
- 「現在発生している設備不良」の原因を探るため、過去の設計変更履歴や部品調達履歴まで遡りたい
- 「現場で収集された稼働データ」を、次世代製品の設計部門(CAD/PLM)へスムーズにフィードバックしたい
リアルタイムな「点のデータ(デジタルツイン)」を、時間軸やプロセス軸で「線のデータ」へとつなぐ役割を果たすのがデジタルスレッド(ISO 23247-5)です。
ISO 23247-5 の主な規定内容とフレームワーク
ISO 23247-5では、デジタルツインにおいてデジタルスレッドを構築・運用するための要件とアーキテクチャモデルが規定されています。主なポイントは以下の通りです。
(1) 情報構造とメタデータの標準化
異なるシステム(PLM、MES、ERP、IoTプラットフォーム等)から集まるデータを一貫したコンテキスト(背景情報)で参照できるよう、関係性(リレーションシップ)のモデル化やメタデータの標準形式を定義しています。
(2) ライフサイクルデータリンケージ
以下のライフサイクル段階間でのデータ双方向共有ルールを規定しています。
- 設計(Design) ↔ 製造(Manufacturing)
- 製造(Manufacturing) ↔ 運用・保守(Operation & Maintenance)
- サプライチェーン/品質管理 ↔ 現場実行システム
(3) トレーサビリティと履歴追跡(Auditing & Lineage)
データが「いつ、だれによって、どのようなコンテキストで作成・更新されたか」というデータ血統(Data Lineage)や履歴追跡のフレームワークを提供します。これにより、トレーサビリティの確保やコンプライアンス対応が容易になります。
(4) リアルタイムツインとの同期インターフェース
ISO 23247-4(Information Exchange)で規定されている通信仕様に基づき、動的なリアルタイムデータと静的・蓄積的な履歴データ(スレッド)が同期するためのイベント駆動型・API構造の参照モデルを示しています。
ISO 23247-5を取り巻く重要トピックと最新動向
ISO 23247-5の標準化背景には、単なる「工場内の効率化」にとどまらない、国際的な規制、サプライチェーン構造の変化、および先端技術(生成AI等)との融合という大きな潮流があります。
EUの「デジタル製品パスポート(DPP)」規制との直結
現在、最もビジネス上の切迫感が高いトピックです。
EUでは持続可能な製品のためのエコデザイン規則(ESPR)等に基づき、製品の原材料、CO2排出量、修理履歴、リサイクル方法などのデータを追跡・開示させるDPP(Digital Product Passport)の導入を進めています。
デジタルスレッドとの関係
DPPを自社および供給網全体で実現するためには、設計から廃棄までのデータを一貫して紐付ける仕組みが不可欠です。ISO 23247-5で定義されるデジタルスレッドは、DPP規制に対応するための技術的骨組み(デジタルインフラ)として直接的に活用されます。
データスペース(ウラノス・エコシステム / Catena-X)との連動
企業を跨いでデジタルスレッドを通す際の最大の問題は「企業秘密・知的財産の漏洩リスク」です。
自社の設計値や加工条件などのデータを他社(Tier 1/2や自動車メーカー)と共有する際、オープンにしすぎると技術が流出します。
そのため、ドイツ主導の「Catena-X」や日本の「ウラノス・エコシステム」といったデータスペース(データ主権を保ったまま共有する枠組み)が整備されています。
デジタルスレッドとの関係
ISO 23247-5は「どのようなデータ構造で繋ぐか」を定め、データスペース側は「どのような安全な認証・アクセス権限で送受信するか」を担います。両者が噛み合うことで、安全なサプライチェーン間デジタルスレッドが成立します。
生成AI・ナレッジグラフとの融合
熟練工の退職や技術継承の課題に対し、デジタルスレッド×生成AIが注目されています。
ISO 23247-5に基づいて繋がれたデータは、「製品-部品-設備-加工条件-過去の不具合・対応結果」が意味を持って結びついたナレッジグラフ(知識ネットワーク)の構造を持ちます。
効果
この構造化されたデータにLLM(大規模言語モデル)やRAG(検索拡張生成)を接続することで、現場作業員や若手設計者が「過去に類似の不具合が起きた際の設計変更と加工パラメータのセット」などを自然言語でAIに問い合わせて即座に抽出できるようになります。
Part 6(ツインの合成)との「縦と横」の掛け合わせ
ISO 23247におけるPart 5と次回記事で紹介するPart 6は、相乗効果を生む対の概念です。
Part 5(時間・工程軸=縦の繋がり)
設計 ➔ 製造 ➔ 運用 ➔ 保守 というライフサイクルデータの追跡。
Part 6(空間・組織軸=横の繋がり)
加工機ツイン + 搬送ロボットツイン ➔ ライン全体のツイン ➔ 工場全体のツイン という階層的な結合(Composition)。
真のデジタルツイン空間
「横に繋がった工場全体(Part 6)」の中で、「過去から未来へ流れるデータの糸(Part 5)」を通すことで、工場全体のリアルタイム最適化と長期的な品質改善が同時に達成されます。
まとめ:データ連携の「孤立」から「オープンなインフラ」へ
ISO 23247-5(デジタルスレッド規格)がもたらす本質的な価値は、単に「データを繋ぐ技術論」にとどまりません。それは、これまで各社が個別最適・独自手法(いわゆるオレオレ実装)で構築してきた複雑なデータ連携を解きほぐし、国際標準に基づいた「共通インフラ」へと転換させる点にあります。
ベンダーロックインからの脱却
特定のエンジニアリングツールやIoTプラットフォームに依存せず、システム刷新や引き継ぎをスムーズに行える相互運用性を確保します。
欧州DPP・国際規制への対応
EUのデジタルプロダクトパスポート(DPP)をはじめとするサプライチェーンでのCO2排出品質追跡など、今後必須となるデータ開示の強固な基盤となります。
次世代製造AI(生成AI・ナレッジグラフ)の基盤
ライフサイクル全体のデータ構造が統一(意味づけ)されることで、AIが製造ドメインのコンテキストを正確に理解・推論できる環境が整います。
デジタルスレッドの標準化は、「自社内でのデータ追跡」という枠組みを超え、グローバルなデータスペース(Catena-Xやウラノス・エコシステム等)で生き残るための必須条件となりつつあります。まずは自社の既存システムやPLMデータが「どの程度標準化されたデータスレッドに対応できる状態か」を現状把握し、将来のシステム拡張や国際的なサプライチェーン連携を見据えたロードマップを描くことが重要です。
本記事は、一般に公開されている情報をもとに、ISOについて学べる内容を整理したものです。正式な仕様や要件については、ISO規格本文をご確認ください。
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