GISの巨頭Esriが創った3Dストリーミング規格 I3S - ArcGISで拓く3D地理空間
I3S(Indexed 3D Scene Layer)は、Esriが主導して開発した3D地理空間データのストリーミング規格です。本記事では、空間インデックスとLOD、属性データ、SLPK、ArcGISとの連携、CityGML・PLATEAUの変換、3D Tilesとの違いまで体系的に解説します。

目次
- なぜ3D地理データに「I3S」が必要なのか?
- I3Sを開発したEsriとプラットフォームArcGIS
- 業界標準を創り続ける巨頭「Esri」
- 総合GISプラットフォーム「ArcGIS」
- 技術仕様から紐解くI3Sの4つのコア特徴
- ① 空間インデックスツリーと動的LOD制御
- ② 用途に完全特化した「Layer Type(レイヤー種別)」
- ③ 属性情報(Attribute)の独立保持・高速検索
- ④ コンテナファイル「SLPK(Scene Layer Package)」による可搬性
- 都市モデル(PLATEAU / CityGML)とI3Sの関係
- CityGML(原典)と I3S(配信)の役割分担
- ArcGISによる「CityGML ➔ I3S」の変換パイプライン
- 次世代技術を取り入れるI3Sの進化(I3S 1.2〜1.3)
- 他規格(3D Tiles)との関係と位置付け
- まとめ
国土交通省が進める「Project PLATEAU」をはじめ、行政や民間企業において3D都市モデルやデジタルツインの活用が急ピッチで進んでいます。
都市全体の建築物、地表の点群データ、BIMによる複雑な構造物など、3D地理空間データは年々高精細化し、そのデータ容量はギガバイト〜テラバイト級に膨れ上がっています。こうした超大容量の3Dデータを、Webブラウザやデスクトップアプリ、さらにはスマートフォン上で遅延なくスムーズに描画するために不可欠な技術が3Dデータ配信規格です。
その代表格であり、世界最大のGIS企業であるEsri(エスリ)社が主導して開発したのが「OGC I3S(Indexed 3D Scene Layer)」です。
本記事では、ArcGISエコシステムの中心技術であるI3Sの基本的な仕組みから、技術的特徴、物理フォーマットの内部構造、そしてArcGIS上での実務的な活用メリットまでを徹底解説します。
なぜ3D地理データに「I3S」が必要なのか?
CADやCGアニメーションで用いられる通常の3Dデータ(OBJ、FBX等)は、特定の部屋や数棟の建物といった「局所的な空間」を描画することを前提としています。
しかし、GIS(地理情報システム)が扱う対象は「都市全体」や「国土全体」です。数百万棟におよぶ都市モデルや、ドローン・レーザー計測による数億点の点群データをそのままの形式で一度に読み込もうとすると、メモリが枯渇しシステムが即座にフリーズしてしまいます。
この問題を解決するのがI3S(Indexed 3D Scene Layer)です。
I3Sは、「視点(カメラ)の距離や画面上の表示サイズに応じて、必要な部分のデータだけを、最適な詳細度(LOD)で段階的にストリーミング読み込みする」というWeb時代の3D空間インデックス技術を実現するために設計されました。
I3Sを開発したEsriとプラットフォームArcGIS
I3Sを理解する上で避けて通れないのが、開発元であるEsriと、その統合プラットフォームであるArcGISです。
業界標準を創り続ける巨頭「Esri」
Esri(Environmental Systems Research Institute)社は、1969年に創業されたアメリカのIT企業であり、地理情報システム(GIS)の分野で世界シェアNo.1を誇るリーディングカンパニーです。
世界中の政府機関、自治体、インフラ企業(電力・ガス・鉄道など)、研究機関がEsriの技術を基盤として採用しています。
地理空間情報の国際標準化団体であるOGC(Open Geospatial Consortium)においても最高位のメンバーとして活動しており、I3SはEsriの技術をもとにOGCの公式なコミュニティ標準として認定されました。
総合GISプラットフォーム「ArcGIS」
ArcGISは、Esri社が提供するGISソフトウェア群の総称です。単一のアプリケーションではなく、用途に応じた多様な製品で構成される一大エコシステムです。
- ArcGIS Pro: 高度な空間解析や3D編集を行うプロ向けデスクトップGIS
- ArcGIS Online / Enterprise: 3D都市モデルや地図データをWeb上で共有・配信するクラウド/オンプレミス基盤
- ArcGIS Maps SDK for Unity / Unreal Engine: ゲームエンジン上で高精度なGISデータ(I3S)を直接動かすための開発キット
I3Sは、これらArcGISプロダクト群の中で3Dデータを最も軽量かつ高速に扱うための基幹フォーマットとして位置付けられています。
技術仕様から紐解くI3Sの4つのコア特徴
I3Sが高度な3D空間データの管理・配信において強力である理由は、その技術設計にあります。
① 空間インデックスツリーと動的LOD制御
I3Sは、3D空間をノード(空間領域の境界ボックス)という単位で立体的に細分化して管理します(八分木・四分木などの空間インデックス構造)。
画面上でカメラが移動すると、システムはSSBS(Screen Space Block Size)と呼ばれる指標を用いて「そのノードが画面上でどれくらいのピクセルサイズで表示されているか」を瞬時に計算します。
カメラが遠くにある時
粗い表現の親ノードのみを読み込む
カメラが対象に近づいた時
自動的に子ノードへ移行し、高精細なジオメトリやテクスチャをリクエストして描画を差し替える
この制御により、描画負荷を常に一定以下に抑えながら、広大な都市空間の全貌と詳細な建物の両立を可能にしています。
② 用途に完全特化した「Layer Type(レイヤー種別)」
3Dデータと一口に言っても、写真から起こしたメッシュとBIMの配管データでは構造がまったく異なります。I3Sではデータ種別ごとに最適化されたScene Layer(シーンレイヤー)の仕様を定めています。
| レイヤー種別 | 対象データ | 技術的特徴 |
| 3D Object | 建物、橋梁、都市資材(家具・街路灯) | 個別のオブジェクトごとに固有のIDと属性テーブルが紐付く構造。 |
| Integrated Mesh | 航空写真・ドローンからのフォトグラメトリデータ | 地形と建造物が一体化したメッシュ構造。境界を隙間なくシームレスにタイル化。 |
| Point Cloud | レーザー計測(MMSやLiDAR)の点群 | 点群圧縮技術(Draco圧縮等)を標準サポートし、数億点の点群を段階的に描画。 |
| Building Scene Layer | BIMデータ(RevitやIFC形式) | 階層(フロア)、部屋、構造骨組、設備配管などのBIMの属性・トポロジー構造を完全に維持。 |
③ 属性情報(Attribute)の独立保持・高速検索
一般的な3Dフォーマットでは、形状データ(ポリゴン)と属性データ(建築年、構造、所有者等)が密結合していることが多く、属性検索を行うだけでも重い3Dモデル全体を解析する必要があります。
I3Sでは、ジオメトリ構造とは別に独立した属性データベース(Attribute Storage)を保持できます。これにより、3Dモデルを再読み込みすることなく、「築40年以上の建物だけを赤色で表示する」「洪水リスクエリア内の特定の建物を抽出する」といった空間解析(Spatial Analysis)を瞬時に実行できます。
④ コンテナファイル「SLPK(Scene Layer Package)」による可搬性
I3Sの極めてユニークな強みが、SLPK(拡張子 .slpk) と呼ばれる物理パッケージ形式です。
SLPKの実体は、I3Sのツリー構造、バイナリ形式のジオメトリデータ、圧縮テクスチャ、JSONメタデータを単一のコンテナにまとめたZIPベースのファイルです。Webサーバーを構築することなく、ローカル環境のArcGIS Pro等にドラッグ&ドロップするだけで、数GB〜数十GBの巨大な3Dモデルを即座に表示・編集できます。
セキュリティの厳しい閉鎖網(オンプレミス)やオフラインの現地調査端末でも容易に運用が可能です。
都市モデル(PLATEAU / CityGML)とI3Sの関係
日本全国で展開されている国土交通省の「Project PLATEAU」などで配られているデータは、主に CityGML という規格に基づいています。
実務において、このCityGMLとI3Sはどのような関係にあるのでしょうか。
CityGML(原典)と I3S(配信)の役割分担
- CityGML(都市の「構造・意味」を記録するマスターデータ):CityGMLは、建物の壁や屋根、用途、都市計画情報といった情報を精緻に記録するためのテキスト(XML)ベースの形式です。都市のデータベースとして非常に優れていますが、データが冗長で重く、そのままWebやアプリでスムーズに動かすことには向いていません。
- I3S(閲覧・解析・配信用データ):CityGMLに記録された豊かな都市情報を損なうことなく、視点に応じたLODに構造化し、バイナリ圧縮を施してストリーミング描画できるように変換された出力フォーマットです。
ArcGISによる「CityGML ➔ I3S」の変換パイプライン
ArcGIS環境では、PLATEAUのCityGMLを直接読み込み、わずか数ステップで最適化されたI3S(.slpk)へと変換するワークフローが整備されています。
[ PLATEAU CityGMLデータ ]
│
▼ (ArcGIS Pro で読み込み・ジオメトリ&属性を正しくハンドリング)
[ GIS環境での編集・解析 ] (属性検索、標高合わせ、他データとの重畳)
│
▼ (「Create 3D Object Scene Layer Package」ツールを実行)
[ I3S (.slpk) ファイル ]
│
├─► ArcGIS Online / Enterprise(Webグラフィックスとして配信)
└─► ArcGIS Maps SDK for Unity / Unreal Engine(ゲームエンジンへ取り込み)
変換されたI3Sは、CityGMLが持っていた「用途」や「構造」「高さ」といった属性テーブルをそのまま引き継ぐため、3D空間上での高度な属性検索やフィルタリング表示がすぐに行えます。
次世代技術を取り入れるI3Sの進化(I3S 1.2〜1.3)
I3Sは固定化された古い規格ではなく、常に最新の3Dグラフィック技術を取り入れてアップデートされています。
KTX2(Khronos Texture 2.0)の導入
GPUのVRAM(ビデオメモリ)上で直接解凍・描画できる次世代テクスチャ圧縮形式を採用。Webブラウザやモバイル端末でのメモリ消費量を大幅に削減しました。
Dracoジオメトリ圧縮
ポリゴンメッシュや点群データを強力に圧縮するオープンソースライブラリ(Draco)を標準サポートし、ネットワーク転送量を飛躍的にカットしました。
BIMデータとの親和性向上
Autodesk RevitをはじめとするBIMデータを、幾何学精度を落とさずに Building Scene Layer としてネイティブ変換・描画する機能が強化されています。
他規格(3D Tiles)との関係と位置付け
3D地理空間ストリーミングの分野には、Cesium社が提唱するオープンソース主導の 3D Tiles という規格も存在します。どちらも「空間分割とLODによる段階的ストリーミング」という基本原理や、OGCコミュニティ標準として認められている点では共通しています。
しかし、ターゲットとするエコシステムと強みが大きく異なります。
3D Tiles
glTF 2.0フォーマットをベースとし、Web3Dライブラリ(CesiumJS等)を用いたフロントエンド開発や、オープンソースでの柔軟なWeb実装に強みがあります。
I3S
ArcGISという巨大な統合GIS基盤と密結合しており、大量の属性情報を保持した都市データベースの構築、行政・インフラ分野での3D空間解析、BIMデータの厳密な管理、オフライン単一パッケージ(SLPK)の運用において他を凌駕するアドバンテージを持っています。
なお、近年ではArcGIS Proが3D Tilesの読み込みをサポートしたり、Cesium側がI3Sの読み込みに対応したりと、両者の相互運用性も向上しています。
まとめ
OGC I3S(Indexed 3D Scene Layer)は、単なる「3Dモデルの表示用フォーマット」ではありません。
世界最高峰のGISプラットフォームである ArcGIS のバックボーンとして、広大な都市空間のジオメトリと膨大な属性データを高度に結びつけ、快適な表示と本格的な空間解析を両立させるために磨き上げられた統合3D規格です。
PLATEAUをはじめとする都市モデルを単にWebで「見る」だけでなく、「行政業務に組み込む」「都市空間の属性データを解析する」「BIMと都市モデルをシームレスに統合する」 といった実践的なフェーズへ進むにあたり、I3SとArcGISエコシステムの存在は強力な選択肢であり続けます。
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