巨大都市ホーチミンが直面する水没と地盤沈下の危機!? その背景と今後100年を見据えた都市計画への提言(石黒が選ぶベトナムのニュース:2026/6/5)

現地で報じられているニュースを日本人の視点から読み解き、リアルな現地事情を紹介していく、石黒が選ぶベトナムのニュース紹介、第26回目。
皆さんは「ベトナム経済の中心地ホーチミン市」と聞くと、どのような街を思い浮かべるでしょうか?
「活気あふれる高層ビル群」「おしゃれなカフェやショップが立ち並ぶ近代的なメガシティ」といった姿を思い浮かべる方が多いと思います。
確かに目覚ましい発展を遂げているホーチミン市ですが、実はその足元で、都市の存続を揺るがす「地盤沈下」という非常に深刻な問題が進行しています。今回は、物理的に沈みつつある巨大都市の状況、その理由・背景と、提言から見えてくることについて紹介します。
2026年6月2日のVnExpressニュース(原文はベトナム語)
ホーチミン市の都市計画:沈下する超巨大都市の生存問題を前にして
1. 経済発展の裏で進行する「都市の沈没リスク」
今回取り上げるのは、ホーチミン市の今後100年を見据えたマスタープラン(都市計画)において、地盤沈下と洪水への対策が「単なるインフラ整備」ではなく、都市そのものが生き残るための「生存問題」として議論されているというニュースです。
昨年ホーチミン市は、周囲にある行政区画、ビンズオン省とバリア・ブンタウ省と合併し、面積6,700平方キロメートル以上、海岸線300キロメートル以上を誇る「巨大沿岸都市」ホーチミン市となりました。

そんな中、ベトナム国立大学ホーチミン校の研究グループの研究によると、ホーチミン市では都市化の影響で1990年以降、自然湿地の90%以上が消失し都市部の土地は、年間平均約8mmのペースで沈下しているとあります。また、温暖化による海水面の上昇を受けた高潮の影響で河川水位も年間0.4~0.9cm上昇しています。
今後さらに海面上昇が予想されることから、市域の約17.8%が洪水のリスクにさらされており、また2022年の調査でも住民の約30%が居住地域における(豪雨や高潮などによる道路の冠水という)洪水状況が5年前よりも深刻になっていると感じていると回答しています。

また2025年10月29日の報道「ホーチミン市は「徐々に沈下している」。(原文ベトナム語)」では、シンガポール南洋理工大学やNASAのジェット推進研究所、スイス連邦工科大学の専門家たちが共同で行った研究として、衛星レーダーを用いて2014年から2020年にかけて世界で最も人口の多い沿岸都市48都市の地盤沈下率を測定し紹介されています。
沈下の大きい天津(中国)やアーメダバード(インド)の一部地域においては、年間2cm以上の速度で地盤沈下が進んでいるのと同じくらい、ホーチミン市の平均地盤沈下率は高く、年間1.62cmとなっており海面上昇率よりも速いペースで沈下している都市の一つであることが示されていました。

上記画像内の数字はホーチミン市内の旧区画で1は中心部にある1区の意味。赤色で強調表示されている領域は、地盤沈下が急速に進んでいる地域を示しているとあります。
2. ニュースの背景にある「ベトナムのリアルな事情」
なぜ、経済の中心地であるホーチミン市でこれほど深刻な地盤沈下と洪水の被害が起きているのでしょうか。現地にいるからこそ肌で感じる3つの背景を紹介します。
2-1. 過剰な地下水汲み上げと水需要
地盤沈下の最大の原因の一つと言われるのが、長年にわたる農業用・工業用・生活用の地下水の過剰な汲み上げです。
水道整備が十分ではないため地下水を利用しているエリアもありますが、2025年9月22日の報道「ホーチミン市は、地下水の乱獲と利用を制限するための取り組みを強化している。(原文ベトナム語)」には、ホーチミン市農村給水公社所長の話として、ホーチミン市内のさまざまな地域で約15万ヘクタールを管理しているものの、約10%の世帯がまだ井戸水を使用しているとあります。

別の2024年8月18日付けの報道「ホーチミン市における地下水取水制限の緩和を検討する。(原文はベトナム語)」では、600本以上の杏の木、観賞植物、盆栽を生産する農家の話として、「水道水で植物に水やりをするのは費用がかかりすぎる。水道水で水やりをする園芸家もいるが、貯水槽を作って塩素が蒸発するまで2~3日待たなければならず、月に200万ベトナムドン近くかかる」と述べるなど、様々な理由により地下水は今も選択されている様子がうかがえます。
2-2. 排水インフラの未整備と「満潮・豪雨」のダブルパンチ
現地で生活していると、雨季のスコールの凄まじさを体感します。わずか1〜2時間の猛烈な雨で、一瞬にして道路が川のようになります。

これは、都市の急拡大に対して排水管の大型化や河川の浚渫(しゅんせつ)が全く追いついていないためです。さらに、サイゴン川の潮位が上がる「満潮(高潮)」の時間帯に激しい豪雨が重なると、行き場を失った水が街中に溢れ返り、都市機能が完全にマヒしてしまいます。
2-3. 自然の遊水地(湿地帯)の消失
かつてホーチミン市の南部(7区やニャベ県など)は、網の目のように川や運河が走る低湿地帯であり、大量の雨水を受け止める天然の「スポンジ(遊水地)」の役割を果たしていました。
しかし、これらのエリアが次々と埋め立てられ、近代的な新都市へと開発された結果、都市全体として水を受け止めるキャパシティが低下し、既存の都市中心部へ水害が押し寄せる構造になってしまったのです。
3. 筆者(石黒)が注目したポイント
これまでのホーチミン市の都市計画は、人口増加と経済成長に対応するための道路建設、高層ビルの乱立、商業エリアの拡大といった「いかに拡張するか」に主眼が置かれてきました。
しかし、もはや足元が沈み、雨が降るたびに主要道路が広範囲で冠水する現状を前に、都市計画においても「ひたすら規模を大きくする発展」だけでなく、「いかに自然と共生し、災害から守る・災害に強い都市とするかという点が重視されるようになってきているという点です。
今回の報道でも100年という長期を見据えた提言として、ホーチミン市は都市全体に単一の洪水対策ソリューションを適用するのではなく、安全区域、保護区域、適応区域、生態系区域を含む「4つの適応区域」モデルに分けて開発されるべきだと提案されていました。具体的には、
(1)安全区域:
地形が高地にある地域で、雨水をその場に留めるためのグリーンインフラ整備に重点を置く地域
(2)保護区域:
地形が低地にある高度に都市化された地域で、運河システム、調整湖、水管理回廊の維持管理が必要となる地域。
(3)適応区域:
堤防や堅固な構造物で完全に保護することが難しい低地地域については、「湿地都市」モデルを提案し、水を排除しようとするのではなく、開発と水との共存を行う地域。
(4)生態系区域:
湿地やマングローブ林などの生態系を保全し、自然の貯水能力を高めるために、「緑の盾」として保護する地域。
こういった提言がどのように取り入れられるか次第ですが、世界で最も過酷な自然災害(台風、地震、洪水)と戦い続け、高度な防災技術を磨いてきた日本企業にとっても、極めて大きな貢献とビジネスチャンスを感じさせます。例えば、
◆地盤改良技術:
地下水規制の強化と並行して、軟弱地盤を補強する地盤改良技術や、都市の地下に一時的に水を貯める「地下放水路・貯水池」の建設ノウハウ
◆デジタル防災(気象・洪水予測):
IoTセンサーを活用したリアルタイムの河川・排水路の監視システムや、AIによる冠水予測、高潮に連動して自動で開閉する水門の管理など、デジタル防災ソリューション
◆環境配慮型開発のノウハウ:
ただコンクリートで固めるのではなく、雨水を地中に浸透させる透水性舗装や、ビルの屋上緑化、都市の中に意図的に緑地や遊水機能を残す設計など、環境配慮型都市開発(グリーンインフラ)のノウハウ
などです。「超巨大都市の生存問題」と聞くと一見大げさにも聞こえますが、沈下による洪水災害の増加は、ホーチミンという都市の競争力を、文字通り「地盤沈下」させることに繋がります。
かつて日本も地盤沈下や公害、都市型水害に苦しみ、それを技術力で克服してきました。ベトナムが直面するこの巨大な課題に、日本の知見とテクノロジーを活用して持続可能な未来をどう作っていくか。ビジネスチャンスでもあり社会貢献にもなる都市の課題解決、そんなことをこのニュースを見て感じました。

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