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小学校中退からの企業家「鶏卵の女王」は、なぜ失敗したのか?(石黒が選ぶベトナムのニュース:2026/5/11)

小学校中退からの企業家「鶏卵の女王」は、なぜ失敗したのか?(石黒が選ぶベトナムのニュース:2026/5/11)

現地で報じられているニュースを日本人の視点から読み解き、リアルな現地事情を紹介していく、石黒が選ぶベトナムのニュース紹介、第7回目。

貧困がゆえに小学校を中退せざるを得なかったという悲惨な境遇から半世紀を経て、資産3兆2,000億ベトナムドン(約190億円)、100ヘクタールの土地、900人以上の従業員、150以上の製品ラインを擁する企業を1代で作り上げた女性企業家がいます。

しかし今、彼女の会社の製品は店頭から消え、工場も閉鎖されようとしている。今回は、あるベトナムの企業家、その成功と失敗を伝えるニュースを紹介します。

2026年5月10日のChuyen dong Thi truongニュース (原文はベトナム語)
Ba Huân鶏卵、「国民的ブランド」の裏側

1. 小学校中退の女性が作った国民的「鶏卵」ブランド

ベトナム全土を網羅する約3,000のスーパーマーケットで販売され、米国、シンガポール、日本、マレーシアなど多くの市場にも輸出されたという鶏卵のブランド「Ba Huân」

ベトナム国内では、幅広く知られているこのブランドが先月スーパーなどの店頭から姿を消したと報道されました。その理由は、社会保険料の滞納です。

2025年11月17日時点で同社は414人の従業員分にあたる78億ベトナムドン以上の社会保険料を滞納しており、2026年も13ヶ月分に相当する社会保険料約86億ベトナムドンを滞納と報じられています(2026年4月23日のベトナム語の報道より)。

また原材料の供給不安定と運営コストの上昇を理由に、ビンチャイン省にある卵加工工場を5月16日から一時的に操業停止すると突然発表するなど事業の存続が危ぶまれている状況でもあります。

このBa Huân社。ベトナムでは、「卵の女王」とも呼ばれる現在72歳のファム・ティ・フアン(Phạm Thị Huân)氏が1代で築き上げた会社です。

2025年3月10日のベトナム語記事より

彼女は、南部の貧しい農家に生まれ、7人の弟や妹を養うために小学校5年生を修了する前に学校を中退し両親と共に働きに出ざるを得なかったといいます。その後、工場労働者として働くも会社は倒産。そんな28歳の時に、それまで貯めた貯金をもとに独立します。

最初は農村で卵を買い付けて、小さな屋台での販売からのスタートでした。そして徐々に都市部の商店相手に売るという鶏卵の卸売業へと事業を拡大していきます。そしてこのビジネスは、ベトナムの経済発展と歩調を合わせる形でさらに拡大していきます。

スーパーで売られていたBa Huân社の様々な商品

月日を経てBa Huân社は、ベトナムにおける国民的なブランドとなります。

さらにフォーブス・ベトナムの「ベトナムで最も影響力のある女性50人」に何度も選出され、2012年に国際女性連合によって「世界で最も傑出した女性100人の一人」に選ばれたほか、2020年には、ベトナム政府から「労働英雄」の称号を授与されます。

ホーチミン市の指導者たちから表彰状を受け取ったファム・ティ・フアン氏

逆境から這い上がって1代で事業を作った女性企業家。

かつてベトナムでもヒットした日本のドラマ「おしん」のベトナム版にあたる人物といえるかもしれません。

2.Ba Huân社の事業に影響を与えたのは何か?

ではなぜそんな彼女の事業がうまくいかなくなったのでしょうか?

新しい技術の導入を拒んで結果、事業が衰退したのか・・・というとそれは違います。

この会社にとって最初の危機は、2003年から2005年にかけてのH5N1型鳥インフルエンザのパンデミック時です。この時、同業者が月々と廃業する中、彼女は、世界最先端の卵加工設備が集まるオランダへと行き、「自動化されたクローズドループ式卵処理ライン」を調達します。

腐った卵の除去、紫外線殺菌、トレーサビリティ番号の印字、卵の包装も可能で、1時間あたり6万5000個の処理能力を持つ清潔な卵加工ラインをベトナムに初めて導入しました。

2013年と、2021年(コロナパンデミック時)には、鶏卵が高騰する中、効率化も進め、鶏卵価格を適正な水準に戻すべく尽力し、ブランドイメージの構築にも成功しました。

近年でも2023年には、ベトナムのIT最大手企業FPT社と提携し、同社を伝統的な農業企業からデジタル化された農業企業へと変貌させるなどしています。

FPTとBa Huânとの提携、農場から流通までを管理するプラットフォームについて

ファム・ティ・フアン氏は、技術革新に消極的だったからではなく、むしろ生産技術の近代化には積極的な人物でもありました。

では何が問題であったかというと経営管理(ガバナンス)の近代化には、心がついていけなかったという点です。

3.苦境に陥ったことを探る手掛かりとなる事件

その具体的な事例が2018年に発生した「VinaCapitalとの提携決裂事件」です。

Ba Huânは事業拡大とグローバル化を目指し、大手外資系ファンド「VinaCapital」から3,250万ドル(当時のレートで約36億円)の出資を受け入れました。

M&Aの教訓を伝えるニュースより

しかし、契約からわずか半年後、ファム・ティ・フアン氏が「会社を乗っ取られる」として当時のベトナム首相に直訴し、契約を強制的に白紙撤回させるという前代未聞の騒動を起こします。

彼女は「英語の契約書を十分に理解しないままサインしてしまった」とされており、ベトナム語で契約書の内容を確認した際、

◆高すぎる要求利回り: 
年利22%という高水準の投資収益率(IRR)が設定されていた点

◆経営権の剥奪条項: 
もし業績目標を達成できなかった場合、ペナルティとして「投資元本+年利22%の利息」の返済を求められるか、あるいは「VinaCapital側に株式の51%以上を譲渡(=経営権の完全な乗っ取り)」しなければならないという条項の存在

◆事業の制限: 
Ba Huânの事業を「鶏肉と卵の生産・販売」のみに制限し、他の事業への展開を禁止

という点があることが判明します。これを彼女が「悪意のある罠で乗っ取りを計画している」と主張し、最終的には、VinaCapital側が折れる形で資金を引き揚げました。

しかしこの事件は、ベトナムの伝統的企業がグローバルスタンダードのM&Aや法務・財務に全く適応できていないことを象徴する事件として広く報じられました。

Tuổi Trẻニュース (原文はベトナム語):
Ba Huânが「VinaCapitalに経営権を奪われる」と救難信号

Báo Pháp Luậtニュース (原文はベトナム語):
Ba HuânはVinaCapitalのベトナムにおける初の失敗事例に

Báo Lao Độngニュース (原文はベトナム語):
VinaCapitalとBa Huânの騒動:「卵の女王」のプロフェッショナリズムの欠如が露呈?

このように専門家不在のトップダウン経営の限界が露呈した事件のように、Ba Huân社のビジネスは、近代的なガバナンス(企業統治)への拒絶反応と知識不足という欠陥があったと考えられます。

また、べトナムの企業家にみられる傾向として、会社を「客観的な投資資産やシステム」としてではなく、「自分の子供(精神的な産物)」として扱ってしまい、外部の投資家と組む際に相手が求める「意思決定の透明化」や「ドライな利益追求」といった合理的な要求を、個人的な攻撃や権力闘争と受け取ってしまい、良好なパートナーシップを築けず自滅してしまうことがあるとも言われています。

それらも影響してか、510億ドン以上の税金を滞納し資金繰りにも窮するようになったBa Huân社。2022年3月以降、ファム・ティ・フアン氏は自身の保有株式の半数超を家族ではない外部の人物に売却し、彼をCEOとするなどせざるを得なくなったとあります。

ファム・ティ・フアン氏と、株式の譲渡先であるトラン・ヴィエット・フン氏

しかし、2025年11月13日の報道では、その人物から全株式の買い取り、もしくは返金を要求されたとあるので、会社の状況を正確に伝えないまま株式の売却をしたなどのトラブルがあったのかもしれません。

日本企業が、ベトナムでのビジネスを展開しようとする場合、べトナム企業との取引やパートナーシップ、特にその会社を創業したオーナーと組むことも考えられます。

ファム・ティ・フアン氏の例はあくまでも一例でしかありませんが、こういうこともあると知っておいたほうが良いと感じさせる事例、そんなニュースでもあります。

石黒健太郎による「ベトナム経済ニュース」最新記事一覧はこちら

Articles by Kentaro Ishiguro(石黒健太郎) | Vitalify Asia Tech Blog
東南アジア駐在16年超、複数国で拠点立ち上げから経営までを歴任。ベトナムでのシステム開発の勘所から最新ビジネス事情まで、現地在住者ならではの視点で発信している。趣味はバックパッカー旅行。自らの足で稼いだリアルな情報も交え、企業の海外進出を後押しする。

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コラム | バイタリフィアジア
コラム記事一覧|オフショア開発やシステム開発の最新トレンド、成功のヒントを発信。経営層・開発担当者に役立つ情報をまとめています。

現地の「今」を肌で捉え、確実な事業戦略を描くために

今回ご紹介した内容だけでなく、ベトナム市場にはインターネット上の情報だけでは見えてこない「リアルなビジネスチャンス」と「新興国特有の落とし穴」が無数に存在します。

自社の技術やサービスをベトナムでどう展開すべきか?開発拠点や販売拠点を設立するには何から着手すべきか?

そうした課題を解決し、ベトナム出張を「確かな成果(実践プラン)」へと繋げるための特別なプログラムが開催されます。

実践型ビジネス出張ツアー「Ăng-Ten(アンテン)」

ベトナム拠点・IT開発センター設立の実践視察ツアー【Ăng-Ten】
現地プロ7社とのアポ調整・ホテル・移動がすべて完了。ベトナム出張が決まった新規事業担当者へ向けた、確かな判断材料を持ち帰るための超実践的ビジネスツアー。

「Ăng-Ten(アンテン、ベトナム語でアンテナを意味)」は、ベトナム最大の経済都市・ホーチミン市を実際に訪れ、現地で長年ビジネスを営む7名の専門家と直接つながる、2泊3日の密度の高いビジネス出張ツアーです。

💡 本ツアーで得られる3つの価値

  1. 誰に会うべきかが見える:法務(弁護士)・採用・金融(銀行)・BtoB営業・不動産など、現地で接点を持つべきスペシャリストと直接議論ができます。※弊社バイタリフィ アジアのDirector 石黒も、オフショア開発の専門家(講師)として本ツアーに登壇いたします!
  2. 何から着手すべきかが整理される:すべて日本語での実践講義を通じて、拠点設立に必要な実務の順番と、見落としやすい注意点(成功例・失敗例)をまとめて持ち帰れます。
  3. 帰国後の相談先(人脈)が確保できる:質疑応答や後日の個別面談を通じて、自社の悩みを直接ぶつけることができ、帰国後すぐに動ける体制が整います。

【開催スケジュール(2026年)】

  • 第1回目:5月27日(水)〜5月29日(金)
  • 第2回目:6月17日(水)〜6月19日(金)
  • 第3回目:7月15日(水)〜7月17日(金)

※オプションで航空券の手配や延泊(観光・ゴルフ等)のご相談も可能です。

急成長するベトナム市場への進出や、新規事業の拠点設立をミッションとして任された皆様。事前情報だけで判断するのではなく、ぜひ現地の最前線を自分の目で確かめに来てください。ホーチミンでお会いできることを楽しみにしています!

▼お申し込み・スケジュール詳細はこちら

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ぼくはデューパー、なんでもきいてね!