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ISO 19650 Part 3徹底解説:資産の運用・維持管理フェーズにおける情報マネジメントとトリガーイベント

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Toshihiko Nagaoka2026/08/25
ISO 19650 Part 3徹底解説:資産の運用・維持管理フェーズにおける情報マネジメントとトリガーイベント

設計・施工段階が完了した建設プロジェクトにおいて、建物やインフラは数十年におよぶ長い「運用・維持管理フェーズ」に入ります。

資産のライフサイクル全体のコスト(LCC)のうち、約80%近くがこの運用段階で発生すると言われており、この期間にいかに整合した高品質な情報モデルを維持・活用し続けるかが、資産価値の最大化と管理コスト削減の鍵を握ります。

連載の第3弾として、今回は「ISO 19650-3:資産の運用フェーズ(Operational phase of assets)」を徹底解説します。

Part 2(設計・施工フェーズ)との決定的な違いである「トリガーイベント」による情報マネジメントの駆動、PIMからAIMへの情報移行のあり方、そしてFM(ファシリティマネジメント)の実務プロセスについて、BIMマネージャーや資産所有者が直面する現実的な論点を交えて解き明かします。


ISO 19650 Part 3の目的とアセットマネジメント(ISO 55000)との親和性

ISO 19650-3は、アセットが供用されている期間、あるいは使用されていない期間(休止状態を含む)におけるBIMを活用した情報管理のプロセスを定義した国際規格です。
主なターゲット読者は、アセットオーナー、資産管理会社(アセットマネージャー)、施設管理会社(ファシリティマネージャー:FM)、および管理業務を請け負うサプライチェーンの企業群です。

アセットマネジメント国際規格との接続

ISO 19650-3は、組織の資産管理に関する国際規格であるISO 55000シリーズ(アセットマネジメント)、およびISO 9001(品質マネジメント)のマネジメントフレームワークと完全に調和するように設計されています。
物理的な資産そのものを管理する「アセットマネジメント」の活動と並行して、その資産に紐づくデータやドキュメントを管理する「情報マネジメント」の活動をISO 19650-3が下支えする、という緊密な関係性にあります。

さらに、現代のアセット管理において極めて重要な視点として、近年発行された「ISO 19650-6:安全衛生情報管理」との緊密な連携が挙げられます。
特に高層ビルや不特定多数が利用する商業アセット、重要インフラの運用期においては、安全衛生リスク情報、消防設備、避難経路などの機微なデータを常に整合した最新状態に保つこと(情報の黄金の糸:Golden Thread)がアセットオーナーの重大な法的義務となります。
Part 3のプロセスは、このゴールデン・スレッドを技術的・運用的に担保するための強固な基盤となります。


2つの情報モデルのライフサイクル循環:PIMからAIMへの移行

ISO 19650の情報マネジメントプロセスを通じて構築される情報モデルには、フェーズに応じて以下の2つが存在します。

PIM(Project Information Model:プロジェクト情報モデル)
設計・施工段階において、工事完了に向けて構築される情報モデル。

AIM(Asset Information Model:資産情報モデル)
運用・維持管理フェーズにおいて、日々の施設管理や意思決定をサポートするために使用・更新される情報モデル。

これらのモデルは、アセットのライフサイクルを通じて、以下のようにダイナミックに循環します。

プロジェクト開始時(改修・修繕の着手時):AIMからPIMへの引き継ぎ

既存資産の改修や増築プロジェクトが立ち上がる際、アセットオーナーは現在保有しているAIM(資産情報モデル)から、そのプロジェクトに必要な最新の「既存情報(現状モデル、過去の修繕履歴、図面など)」を抽出し、PIMのインプットとして設計・施工チームに引き渡します。これにより、設計者は正確な現場データに基づいた設計をスタートでき、施工の手戻りを防ぎます。

竣工・引き渡し時:PIMからAIMへの移行

新築や改修プロジェクトが完了(竣工)した段階で、デリバリーチームによって検証・承認された成果物(PIM)のうち、今後の維持管理・運用に必要とされるデータ(設備仕様、型番、メンテナンスマニュアル、保証書など)を厳選して抽出し、稼働するAIM(資産情報モデル)へと統合・インポートします。このとき、設計・施工中の仮設物データや検討用モデルなど、維持管理に不要なデータはAIMに持ち込まずPIM側にアーカイブし、AIMを軽量かつクリーンな状態に保ちます。

運用中の評価(アセットパフォーマンスの評価)

運用開始後も、建物や設備が所定の性能を発揮しているかを定期的に評価・検証します。その評価結果や運用の見直しに合わせてAIM内の情報精度や要求レベルをアップデートし、運用の最適化を図ります。

日常的な修繕・イベント発生時(トリガーイベント)

大規模な建設プロジェクトを伴わない日常的な維持管理(設備の突発的な交換、小規模な補修、法定点検など)が発生した際も、その作業内容に応じてAIMを継続的に直接更新します。これにより、常にアセットの「実態」を反映した最新の状態(デジタルツインの基礎)が維持されます。


Part 3の推進力:トリガーイベントの概念

設計・施工段階(Part 2)は、基本設計から施工、竣工へと「一本道のマイルストーン」に沿って直線的に進行します。
しかし、運用段階(Part 3)には決まった終着点がなく、数十年におよぶ時間の中で発生する不定期なイベントのたびに情報管理のサイクルが回ります。 この、情報モデルを更新・作成する契機となる出来事を、ISO 19650-3では「トリガーイベント(Trigger events)」と呼びます。

トリガーイベントは、実務上、大きく以下の2つの性質に分類して管理・計画されます。

① 予測可能なトリガーイベント

年間計画やアセットの運用プロセスに組み込まれており、あらかじめ発生時期や必要な作業が計画できるものです。

定期点検・法定点検
年次のボイラー点検、消防設備点検、エレベーター点検など。

計画的メンテナンス・部品交換
空調フィルターの定期交換、外壁の10年周期塗装など。

組織の定常業務
年次の保険更新(GIA情報の提供など)、中長期修繕計画の策定に向けた財務予測。

② 予測不可能なトリガーイベント

突発的に発生するため事前スケジューリングは不可能ですが、発生時の初期対応フローや情報提出要求(AIR/EIR)をあらかじめマニュアル化しておくべきものです。

設備の故障・突発的な損壊
空調機の突然の停止、配管の漏水。

自然災害・事故
落雷による電気系統の損傷、台風による外装の破損。

緊急修繕
被災箇所の一時復旧およびそれに伴う緊急データ更新。

実務上、BIMマネージャーは、アセットの特性に応じてどのようなトリガーイベントが発生し得るかを「評価とニーズ」段階で洗い出し、それぞれのイベントで「どのデータをAIMに更新・記録すべきか」を事前に標準化しておく必要があります。


状況に合わせた3つの情報取得経路

ISO 19650-3の特徴は、トリガーイベントの性質や契約形態の多様性に対応するため、情報の調達プロセスに「3つの異なる経路」を定義している点です(規格のプロセスフローチャートに基づく)。

                      [トリガーイベントの発生]
                                 │
         ┌───────────────────────┼───────────────────────┐
         ▼                       ▼                       ▼
   【経路 B】               【経路 C】               【経路 D】
 トリガーイベント発生前に     トリガーイベント発生後に    他組織からアセットを
 契約済みのチームで対応       スポットで契約して対応       買い取る(アセット取得)
 (例:年間維持管理委託)      (例:故障時の突発修繕)      (例:中古ビルの購入)

経路 B:トリガーイベント発生「前」に結ばれた契約

実務イメージ
年間の設備保守点検契約、清掃管理契約など。

プロセスの特徴
トリガーイベント(例:年次ボイラー点検)が発生するより前に、すでに発注者とリード任命受託者の間で契約が締結されています。
そのため、イベントが発生した瞬間、チームはすぐさま「情報の共同生産(生産ステップ6)」に入ることができ、点検完了後に承認されたデータをAIMにマージします。定常的なFM業務の大半はこの経路を辿ります。

経路 C:トリガーイベント発生「後」に結ばれた契約

実務イメージ
突発的な配管の破損に伴う、緊急修繕業者のスポット選定と契約。

プロセスの特徴
イベントが発生した段階では契約関係が存在しないため、イベント発生を起点として「入札招請(ステップ2)」「入札応答(ステップ3)」「契約(ステップ4)」のプロセスを迅速に回し、契約後にモビライゼーションを経て対応に入ります。
大規模な修繕や改修の場合は、Part 2(設計・施工フェーズ)のデリバリープロセスを起動して対応することもあります。

経路 D:アセット(資産)の直接取得

実務イメージ
他社が所有・運用していた中古ビルやプラントを、自社ポートフォリオに組み入れる(購入する)場合。

プロセスの特徴
施工や修繕の委託ではなく、すでに存在するアセットの情報モデル(AIM)を「別の発注者(売主)」から譲り受けるプロセスです。売主側のAIMを自社のCDEや情報基準に適合させるための検証・マッピングプロセス(ステップ7・8の変形)が中心となります。


運用フェーズにおける情報要求:OIR、AIR、そして「EIR (ISO 19650-3)」

Part 1の基本解説において、情報要求の階層(OIR/AIR/PIR/EIR)を説明しましたが、Part 3の運用フェーズにおいては、この関係性、特にEIR(情報交換要求:Exchange Information Requirements)の使われ方に重要なシフトが起こります。

従来の誤解と規格の進化

当初の概念(ISO 19650-1)では、以下のように分類されると広く思われていました。

  • 「設計・施工フェーズの契約(Part 2)」 = EIRを使用。
  • 「維持管理・運用フェーズの契約(Part 3)」 = AIR(資産情報要求)を直接契約書に貼る。

しかし、ISO 19650-3の策定過程において、「維持管理の契約であっても、特定のトリガーイベントや特定の保守業者ごとに、要求する情報コンテナ、納期、フォーマット(LOIN)は個別にチューニングされるべき(=つまり、契約固有の発注仕様書が必要である)」という実務上の気付きが得られました。

その結果、Part 3においても契約固有の仕様書として「EIR (ISO 19650-3)」を定義・作成するアプローチが採用されました。

運用における情報要求の流れ

  1. 組織情報要求(OIR): 「自社ビルの保全コストを削減し、LCCの最適化を図る」といった企業トップの経営方針。
  2. 資産情報要求(AIR): OIRを具現化するため、ポートフォリオ内の全アセットについて「どの機器を対象とし、どのようなパラメータ(メーカー、製品寿命、保守日など)をデジタル管理すべきか」を定義した組織共通・アセットレベルのマスター定義ファイル
  3. 情報交換要求(EIR): AIRという巨大なマスターデータから、「今回の年間設備保守契約」や「〇〇空調修繕プロジェクト」に必要な部分のみをフィルタリング・抽出し、納期やLOINを定義した「契約固有の発注仕様書」

これにより、保守業者は自分に関係のないアセット要求に目を通す必要がなくなり、自らのスコープに合致した「EIR (ISO 19650-3)」に対してのみ「BEP(BIM実行計画書)」で的確に応答・合意できるようになります。


資産マネジメントを支える8つの実務プロセスと「企業システムとの連携」

ISO 19650-3は、Part 2と同様に、準備から情報の引き渡しまでの手続きを「8つの段階的ステップ」に沿って進行させます。

評価とニーズ
発注者がアセットポートフォリオを特定し(5.1.3)、OIRおよびAIRを策定(5.1.2、5.1.4)。トリガーイベント(5.1.5)やアセット情報基準・プロセス、およびAIMの維持・構築体制を定義します。

入札招請
イベントや委託業務に紐づく「EIR (ISO 19650-3)」を作成し、入札図書をまとめます。

入札応答
保守業者(受託者候補)が、能力評価、モビライゼーション計画、および「契約前BEP(Pre-appointment BEP)」を提示します。

任命/契約
合意された「契約後BEP」、「TIDP(タスク情報配信計画)」、それを統合した「MIDP(マスター情報配信計画)」を契約に組み込みます。

準備・立ち上げ
実務に備え、CDE環境のアクセス権や、システム間のインターフェース確認をテストします。
また、Part 3の立ち上げプロセスには、設計・施工段階(Part 2)にはない極めてユニークな要求事項が存在します。
それが「トリガーイベントに備えたリソースの常時待機の維持」の原則です。
設計・施工フェーズの立ち上げはプロジェクト開始時に一度だけ実施されるのに対し、運用フェーズでは、突発的な事故や故障といった「予測不可能なトリガーイベント」がいつ起きても即座に情報更新フローを回せるよう、定常業務がない期間でも「CDEの接続テスト、担当者のトレーニング、ITインフラの稼働状態」を常に
「温まった状態」に維持し続けることがアセットオーナーやFMチームに求められます。

情報の共同生産
保守点検業務中にデータを入力・作成(WIP)。QAチェックと技術レビューを終えてCDEの「共有(Shared)」領域に公開します。

情報モデルの配信
リード受託者が整合性を承認(S6/S7ステータス)した情報モデルを提出。発注者が検証・受領することで「公開(Published)」状態になります。

AIMの集約と維持管理
受領した高品質なデータコンテナを、本番の「AIM(資産情報モデル)」へ公式に集約します。同時に、アセットの現状(劣化状況や設備更新)に合わせてAIMのメンテナンスプロセスを継続します。
ここで実務上極めて重要なのが、最終承認された情報コンテナに割り当てられる特別なステータスコードである「CR(実績記録図書」の役割です。
「S7(資産情報モデル認証用)」として元請・保守業者から引き渡され、発注者に承認された成果物は、正式にAIM(本番のアセット資産情報データベース)にマージされる際、ステータス属性が「CR」へと書き換えられ、リビジョンはC系列(C01, C02など)の整数版として固定・保護されます。
施工段階で使用される「A1〜An(施工承認)」ステータスと、運用段階における最終成果物である「CR」ステータスをメタデータ上で厳密に区別してライフサイクル管理することで、将来の改修や点検の際に「何が最終的な実績(As-built)として記録された真実のデータか」を一瞬で判別できるようになります。

企業システムとの連携というPart 3固有の壁

実務において最も重要なのが、ISO 19650-3の5.1.10に定義されている「企業システムへのリンクの確立」です。

BIMモデルを扱う「CDE(共通データ環境)」は、あくまで設計・ドキュメントの承認やコラボレーションを行うシステムです。
一方で、FMの実務者は日々の業務をCAFM(コンピュータ支援施設管理システム)やCMMS(設備保全管理システム)、BEMS(ビルエネルギー管理システム)、あるいは企業全体のERP(統合基幹業務システム)で回しています。

CDEで検証され、公開となった高品質なデータ(例:IFCフォーマットやCOBieスプレッドシート形式)が、これら「企業システム(CAFM/CMMS等)」へ自動的、あるいは定義されたマッピング手順に則ってスムーズに流れ込み、同期する仕組みを作らなければ、BIMデータは宝の持ち腐れとなってしまいます。
Part 3の実務を構築する際は、単に「3Dモデルが描けるか」ではなく、この「基幹システムとCDEの相互運用性」を考慮した情報基準を、ステップ1の段階で情報システム部門やFMチームと共同で作り込んでおくことがBIMマネージャーの極めて重要な役割となります。


まとめ:Part 3がもたらす資産運用ビジネスの変革

ISO 19650 Part 3を導入することは、単に「竣工時にCD-Rで渡されていた図書をBIMにする」ことではありません。
それは、建物やインフラを運用する組織そのものの情報インフラをデジタル化・標準化し、数十年におよぶ資産運用期間の意思決定スピードと正確性を劇的に向上させるための業務改革です。

  1. PIMとAIMの適切な循環を設計し、プロジェクトの成果物を無駄なく維持管理に転化する。
  2. アセットのライフサイクルにおけるトリガーイベントを洗い出し、それに基づく論理的なデータ更新プロセスを定義する。
  3. 組織共通のAIR(資産要求マスター)を整備し、個別の契約時にはスマートにフィルタリングされたEIR(発注仕様書)をサプライチェーンに提示する。
  4. CDEから企業システム(CAFM/CMMSなど)へのデータ連携を確立し、現場の管理者が常に信頼できる「アセットの真実(ワン・ソース・オブ・トゥルース)」に瞬時にアクセスできる体制を整える。

このPart 3の原則を理解して運用側の要件(AIMのゴール)をしっかりと握っておくことこそが、実はPart 2(設計・施工フェーズ)で発注者が「本当に意味のあるEIR」を書き、BIMプロジェクトを正しい方向へドライブするための唯一の前提となるのです。

次回は、これらのデリバリー、オペレーション双方で「CDEを介した信頼性の高いデータの受け渡し」を保証するための具体的な方法論を定めた「ISO 19650 Part 4:情報交換」について詳しく解説します。
情報のレシーバーとプロバイダー間でどのようなスキーマやオープン規格を活用し、受け入れテストを構築すべきか、その実務テクニックに迫ります。お楽しみに!

※本記事は、一般に公開されている情報をもとに、ISOについて学べる内容を整理したものです。正式な仕様や要件については、ISO規格本文をご確認ください。

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