「出稼ぎ先」から「キャリア選択の場所」へ。ベトナムの海外労働者派遣数から見る変化(石黒が選ぶベトナムのニュース:2026/6/23)

現地で報じられているニュースを日本人の視点から読み解き、リアルな現地事情を紹介していく「石黒が選ぶベトナムのニュース紹介」、第38回目。
今回は、長年にわたりベトナムの地方経済や多くの家庭を支えてきた基幹システムである「契約に基づく海外への労働者派遣(労働力輸出)」にスポットを当てます。
一見すると、引き続きベトナムから海外への労働者派遣は増え続けているように見えますが、変化に直面しています。現地のローカル報道から、そのリアルな課題を読み解いていきましょう。
2026年6月のBao Tuyen Quangの報道(原文はベトナム語)
契約に基づく海外への労働者派遣がより困難に直面している
1. ベトナム人労働者の海外派遣の状況
ベトナム労働・傷病兵・社会省(MOLISA)海外労働管理局の報告によると、 2026年上半期にベトナム国外へ就労するため渡航したベトナム人労働者数は66,311人となりました。
この数字は、2026年の年間計画目標(112,000人)に対して59.2%に達しており、半年間の進捗としては計画通り順調なペースと言えます。しかし、前年同期比でみると8,380人(11%以上)の大幅な減少に転じていることが分かりました。
この期間中の主な渡航先国は以下の通りです。
1位 日本:28,488人(依然として最大の受け入れ国)
2位 台湾:28,205人
3位 韓国:3,373人
4位 中国:1,946人
5位 シンガポール:968人
6位 ギリシャ:537人

ベトナムでは国策として内務省が海外での就労を後押ししています。理由としては雇用の確保だったり、技能の獲得でもありますが、一番大きな理由は、母国への仕送り(外貨収入の獲得)にあります。
2026年現在、60万人以上のベトナム人労働者が世界約60の国と地域で雇用されており、年間平均で約70億米ドル(約1兆円以上)をベトナムへ送金しています。これは国家にとっても極めて重要な外貨獲得手段の一つです。
よってベトナム政府では、年間計画112,000人を15万人まで増やそうと新たに国や地域との協定締結を進めています。具体的には、カナダのサスカチュワン州、ドイツのテューリンゲン州、ロシアとの組織的な人材募集協定などが挙げられています。
一方で、労働者の権利を守るための動きも強化されています。職場での事故、賃金支払い、保険給付などのトラブルを防ぐため、送り出し企業への検査や監督を厳格化しており、2026年上半期だけで7社に対して計6億3,500万ドンの罰金処分を下し、43件の苦情に対応したと報告されています。
政府を挙げて海外就労を支援しているものの、前年同期比で派遣数が減少している背景には、「海外へ送り出す労働者の確保自体が、以前よりも明らかに難しくなってきている」という現場の深刻な事情があります。
2. ニュースの背景にある「ベトナムのリアルな事情」:
では、なぜ海外就労者の確保が難しくなってきているのでしょうか。報道の背景や現在のベトナムの社会情勢から、以下の3つの要因が見えてきます。
2-1. ベトナム国内の雇用機会の拡大と賃金上昇
ベトナムでは外資系企業の進出や国内産業(EC、自動車、ハイテク産業など)の急成長により、地方であっても工業団地などで一定の収入を得られる仕事が大幅に増えました。
それを象徴するのが、2026年3月に報じられたベトナム最大企業ビングループの建設事業(VinCons)による大規模な人材募集です。彼らが提示した給与水準は、国内としては極めて高額なものでした。
・エンジニア:月3,000万〜5,500万ドン(約18〜33万円)
・現場作業員:月2,200万〜2,900万ドン(約13.2〜17.4万円)
・運転手/機械オペレーター:月1,600万〜6,500万ドン(約9.6〜39万円)

さらに驚くべきは待遇面です。上記の給与に加えて、各種社会保険(健康・失業・労災保険)の完備はもちろん、エアコン付きの寮、1日3食の食事、さらには寮から現場までの送迎サービスまで無料で提供されています。
募集人数も25,000人と膨大で、国内に巨大な雇用の受け皿が誕生しています。
こうした魅力的な職場が国内に増えた結果、「わざわざ高い初期費用(手数料)や借金をしてリスクを背負い、何年も家族と離れて海外へ行く必要性が薄れてきた」という、健全な経済発展に伴う構造変化が起きています。
2-2. 渡航先国の政情や為替インパクト
主要な派遣先国である日本の長引く円安は、ベトナム人労働者にとって実質的な「仕送り額の目減り」を意味しています。
過去5年ほどの日本円とベトナムドンの交換レートは、1円の価値が210ドン近辺であった水準から、現在では163ドン程度(時期によっては160ドンを下回る水準)まで下落しています。

日本で働いて稼いだお金の価値が下落しており、今後も円安でさらに下がる可能性がある。一方で、ベトナムでも物価は上がっているため、同じドンの金額で買えるモノの量は減っているという厳しい状況です。
また渡航先の国によっては政情不安や戦争といったカントリーリスクにも顕在化しています。
今年2月末のイランとの戦争が始まった直後では、中東地域では約1万人(サウジアラビアに約6,000人、アラブ首長国連邦に約4,000人、カタールに500人、バーレーンに約100人)のベトナム人労働者がおり、家事労働、ホテル・レストランサービス、建設業に従事していると報じられ、直後に中東への新規派遣が中止されるなど対策が講じられました。(2026年3月2日の報道より)
2-3. 受け入れ国側の「質」への要求と厳格化
各国ともに外国人労働者は必要としつつもセンシティブな社会問題となっています。特に不法滞在・違法ブローカーへの取り締まり強化に伴い、労働者に求められる語学力やスキルのハードルが上がっています。
単なる「未熟練の肉体労働者」ではなく、「一定以上のリテラシーを持つ人材」が求められるようになったため、地方の農村部からの送り出しのハードルが構造的に高くなっています。
3. 筆者(石黒)が注目したポイント:
今回のニュースを見て興味深いと思ったのは、ベトナムが長年続けてきた「安価な労働力を海外に送って外貨を稼ぐ」というビジネスモデルが構造転換を迎えているという点です。
ベトナム国内で稼げる仕事も出てきたことで、労働者側が「国内に残るか、海外に行くか」「日本に行くか、他国に行くか」をシビアに天秤にかけ選ぶ事ができるようになりました。これはベトナムの発展において非常に喜ばしい変化です。
そして実際に新たな「海外就労プログラム」なども報道されています。
日本の看護師養成プログラムでは、ベトナム人労働者は基本的な費用をほとんど支払う必要がなく、海外雇用支援基金への加入費用として10万ドン(約600円)を支払うだけで済み、約12ヶ月間の日本語研修、健康診断、航空運賃などの費用はすべて日本側が負担とあります。
またドイツの看護師就労支援プログラムでは、公立大学で看護学の学位と専門資格を取得していることが求められ、最初に海外労働センターに300ユーロの事務手数料を支払う必要もあるものの、ベトナムでB2レベルに到達するための18ヶ月間のドイツ語研修期間中、学生は生活費を賄うために毎月約300ユーロ(800万ベトナムドン以上相当)の奨学金を受け取れるとあります。
またドイツに到着後は、看護師助手として働くことができ、ドイツの国家資格を取得すれば永住権を取得する機会もあるプログラムです。
他にも公益財団法人 国際人材育成機構(IM JAPAN)が提供する3年の契約期間終了後に予定通り帰国した労働者へ支払いされる帰国手当60万円の支給についても報じられていました。(以上いずれも2026年6月22日の報道より)
日本の深刻な人手不足を考えれば、今後もベトナムの優秀な人材は不可欠です。しかし、これほど劇的に周囲の環境が変わっていく中で、ベトナムの若者にとって日本は本当に『自分の未来を投資するに値する魅力的な場所』として映っているのでしょうか?
単なる労働力の補填ではなく、彼らのキャリアに真摯に向き合い、「選ばれる国・企業」としての魅力をどう作っていくか・・・そんなことに気づかせてくれるニュースでもありました。

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