米国の輸入元国で1位となった履物輸出と、迫りくる「中進国の罠」という高き壁(石黒が選ぶベトナムのニュース:2026/7/14)

現地で報じられているニュースを日本人の視点から読み解き、リアルな現地事情を紹介していく「石黒が選ぶベトナムのニュース紹介」、第53回目。
今回は、ベトナムの国家輸出を裏から支える巨大な大黒柱である「履物の輸出市場」にスポットを当てます。
日本では「脱・中国」の受け皿や、アパレル・有名スニーカーの巨大な生産工場として定着しているベトナム。現地メディアが報じた最新の輸出統計データから、その圧倒的な存在感と、今後ベトナムの製造業が直面する構造的な課題を読み解いていきましょう。
2026年7月6日のBáo Đầu tưニュース
履物輸出額は120億ドル近くに達し、そのうち3分の1以上を米国市場が占めた。
1. 半年で120億ドルに迫る履物輸出と対米輸出の拡大
ベトナム税関総局などの最新データによると靴などの履物輸出については、以下の通りです。
<履物輸出額>
・2026年6月:21億6000万ドル(前月比で2億ドル以上増加)
・2026年上半期(1~6月):約120億ドル(前年同時期比で0.5%増加)
ただし年初3ヶ月間(1~3月)の0.87%増加に比べると伸びは鈍化。
<輸出微増となった背景>
・中国、日本、英国、メキシコなどの市場への輸出が大幅に減少
・最大市場であるアメリカとEUへの輸出は成長を維持
<最大の輸出先:アメリカ>
・上半期(1~6月)の輸出額:推定45億5000万ドル(前年同期比で6%以上増加)
・1国でベトナムの輸出総額の約39%
興味深いのは、アメリカの履物輸入額は減少している中で、ベトナムは対米輸出を伸ばしている点です。

その背景にあるのは、昨年来アメリカが繰り広げてきた貿易・関税戦争、特に中国からの輸入を制限する政策となります。米国連邦取引委員会のデータによると、2026年第1四半期(1~3月)において、
◆アメリカの履物輸入元
・ベトナムからの輸入額:24億7000万ドル(前年同期比で9.27%増加)
輸入に占めるベトナムのシェア:40.24%(前年の同時期は、33.84%)
・中国からの輸入額:11億2000万ドル(前年同期比で50.54%の急減)
輸入に占める中国のシェア:18.27%(前年の同時期は、33.94%)
とあり、中国が失った分をベトナムが奪っていった形となります。
またインドネシア、イタリア、カンボジアなどもアメリカにおける輸入元のシェアを伸ばしているものの、ベトナムと競合するにはほど遠く、優位性がある状況です。
2. ニュースの背景にある「ベトナムのリアルな事情」
中国に替わってアメリカ市場での覇権を握ったことは、マクロ経済としては非常に喜ばしいニュースです。しかし、ベトナム国内の履物製造業の現場を深掘りしていくと、手放しでは喜べない過酷な産業構造のリアルが見えてきます。
2-1.ベトナム履物産業の立ち位置と、雇用の巨大な受け皿
ベトナムは現在、世界第3位の履物生産国(1位は中国、2位はインド)で年間13~14億足の靴を生産しており生産量の9割を輸出、世界第2位の輸出国(1位は中国)でもあります。
動物の皮を利用してきたという経緯から、ベトナム皮革・履物・ハンドバッグ協会(Lefaso vietnam)という団体があり、その発表データなどによると2025年の輸出総額は、290億ドルで、その内履物が240億ドル以上を占めています。

2025年のベトナム輸出総額が約4,750億ドルでしたので、輸出全体に占める履物の割合は約5%ほどですが、業界全体では約3,000の企業と約150万人の従業員がおり、雇用などの面でも大きな受け皿となっている業界でもあります。
2-2.スマイルカーブの残酷な現実:一番大変で儲からない領域を担う構造的歪み
一般的に履物などの業界では、利益はスマイルカーブを描くと言われています。これは、「企画・開発・ブランド構築」といった上流と、「マーケティング・販売」といった下流で利益率が高く、「製造・組み立て」といった中流域の利益率は低い(あまり儲からない)という事を指しています。
例えばベトナムへ製造を委託している国際ブランド(アディダス、ナイキ、プーマ)各社は、粗利率で40~51%にもなります。(「アディダス社2025年財務ハイライト」「ナイキ社2025年決算」「プーマ社の2025年決算」より)
では製造をしているベトナム側はどうなのか?「2026年7月13日の報道」によると、ベトナムにおける靴一足あたりのコスト構造は、原材料費が60~65%、人件費が25%、管理費が5%、残りが利益とあり、管理費を除いた粗利率は10~15%であることが分かります。
一見利益を確保できるようにも見えますが、今年2月末から発生したイランでの戦争の影響で原材料が入らなくなった会社は生産中止に追い込まれるなどサプライチェーン混乱の影響を受けやすく、また発注元と契約する際の製造費用は、過去20年間でわずか5%の上昇にとどまっています。

ちなみに人件費(労働者の賃金)は大幅に上昇しており、最低賃金でみても過去20年で約5倍にもなっている中、わずか5%しか値上げできなかった。これは調達側が非常に強く製造側であるベトナムが非常に弱い立場であることが分かります。
さらに最大の輸出先である米国やEUにおいて「環境規制(サプライチェーンのグリーン化)」が強化されており、「工場は再生可能エネルギーで動いているか」「リサイクル素材や植物由来の環境配慮型原料を何%使っているか」「労働環境は国際基準をクリアしているか」という厳格な証明(トレーサビリティの可視化)が求められるなど、コストはより高くなる一方で値上げできない構造の中にいるのがベトナムです。
3. 筆者(石黒)が注目したポイント:
「フットウェアの対米輸出が劇的に増加し、ついに中国を抜いてトップに立った」。
一見するとベトナム経済の大勝利を伝える輝かしいニュースに見えますが、バリューチェーンの視点(スマイルカーブ)から見方を変えれば、「世界で最も過酷で、最も儲からない組み立ての領域を押し付けられる国が、中国からベトナムに替わっただけ」とも言えます。さらに、今後特定の対米黒字だけを一方的に伸ばし続ければ、将来的にアメリカの政治(通商政策)から「貿易黒字が槍玉に挙げられる政治的リスク」を自ら高めることにも繋がりかねません。
ベトナムの産業界も、この「下請け工場」という限界を誰よりも強く自覚しています。そのため、単に言われた通りに縫製するだけの受託製造(CMT)から、自社で設計・提案を行うオリジナルデザイン製造(ODM)へと移行し、ベトナム発の自社グローバルブランドを構築してスマイルカーブの「上流と下流」を取りに行く付加価値シフトを模索し始めています。

ここで重要になるのが、経済学で言われる「中所得国の罠(中進国の罠)」という高い壁です。発展途上国が経済成長によって一定の所得水準に達した後、自国の労働賃金の上昇によってコスト競争力を失う一方で、高度な技術革新や自社ブランド(独自価値)の構築が進まず、経済成長率が低下して先進国の仲間入りができなくなる現象を指します。
タイムリーなことに、世界銀行(World Bank)は2026年7月11日付で、ベトナム人の1人当たり国民総所得(GNI)が4,970ドルに達したことを受けて、ベトナムを正式に「上位中所得国(Upper-middle income)」へと格上げ発表しました。名実ともにベトナムは今、「中所得国の罠を自力で乗り越えられるか否か」の歴史的な境界線(ターニングポイント)に立っています。(2026年7月11日世界銀行がベトナムを上位中所得国へ格上げ)
安価な労働力に頼った受託製造ビジネスから脱却し、環境負荷を低減するスマート工場へとアップグレードしながら、世界に通用する自社ブランドを引っ提げて自立した輸出ができる国になれるのか。
ベトナムという国が中所得国の罠を突破できるかどうかを占う「試金石」は、この150万人を抱える履物産業の行く末にもあるのではないか。そんな事を感じたニュースでした。

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