ISO 23247-2徹底解説:製造業デジタルツインの参照アーキテクチャと23の機能要素

製造業におけるデジタルツイン(Digital Twin)を構築する際、システム全体をどのように分割し、どのような機能をどこに配置すべきでしょうか。
その明確な「設計テンプレート」を提供するのが、国際標準規格 ISO 23247-2: Reference architecture(参照アーキテクチャ) です。
ISO 23247シリーズは全4部構成の規格であり、Part 1で一般原則と要求事項を定め、Part 3で情報の属性、Part 4で情報交換(ネットワークと通信プロトコル)を規定しています。
本記事で焦点を当てる 「Part 2」 は、シリーズ全体の心臓部にあたり、デジタルツインのシステムを実装可能なレベルの機能単位に落とし込むための具体的な「参照モデル」と、システムを動かす 「23の機能要素(Functional Elements: FE)」 のすべてを定義しています。
本記事では、規格が定義する4大エンティティと23の機能要素を、米国のNIST(米国国立標準技術研究所)によるユースケースや、5軸卓上CNC工作機械「Pocket NC」をモデルにした実証例などの具体的な現場の動きと紐付けながら、余すところなく解説します。さ
らに、学術調査によって明らかになった「どの機能が本当に実装され、どの機能がペーパープラン(実装率0%)になっているのか」という、実装のリアルな実態とそこから得られる設計のヒントにも切り込みます。
2つの参照モデル:「ドメイン」と「エンティティ」の違い
ISO 23247-2では、デジタルツインの全体構造を理解しやすくするために、「ドメインベース(Domain-based)」 と 「エンティティベース(Entity-based)」 という2つの参照モデル(Reference Model)を規定しています。
ここでいうドメインとは、「ドメイン駆動開発」のドメインとは別物と捉えた方がわかりやすいでしょう。
また、エンティティについても、データベース設計における「エンティティ」とは関連性がありません。
誤解を承知で敢えて簡略化するならば、ドメインベースとは「経営層視点」のこと、エンティティーベースとは「技術者視点」のことだと捉えた方が理解が進むでしょう。
ドメイン駆動開発が理想とする「全員が同じユビキタス言語で会話する」状態は、アジリティが高く、ビジネス側と開発側が密に連携できるチームでしか成立しません。
しかし、重工業や大手製造メーカーなど製造業のデジタルツイン開発は、以下のように組織間で認識が分断されているのが現実です。
- 経営・工場長(背広組): 投資や工場の全体最適しか興味がない。
- 製造技術・現場(作業着組): 物理的な機械やPLC(制御)しかわからない。
- SIer・ITベンダー(開発組): 外部発注されたソフトウェア構造しか見ない。
このように「会話の前提(メンタルモデル)が違いすぎる人たち」が関わるため、無理に1つの統一言語を作ろうとすると破綻します。そのため、ISOは泥臭く「経営・概念レベルの図(ドメイン)」と「IT・実装構造レベルの図(エンティティ)」をあえて別々に用意しているのです。
ドメインベース参照モデル
ビジネス側の視点から、システム全体を「役割が実行されるエリア」ごとに4つに大分類したものです。
観測可能な製造ドメイン(Observable Manufacturing Domain)
モニタリング対象となる現場の物理世界そのもの(人員、機器、材料、プロセスなど)。※厳密には規格の適用外ですが、境界を明確にするために描かれています。
デバイス通信ドメイン(Device Communication Domain)
現場のデータを吸い上げ、物理デバイスを制御・駆動する領域。
デジタルツインドメイン(Digital Twin Domain)
物理世界を再現し、シミュレーションや分析を動かす中核領域。
ユーザードメイン(User Domain)
人間やERP/PLMなどの外部ITシステムが、デジタルツインから提供されるアプリケーションやサービスを活用する領域。
エンティティベース参照モデル
ドメインベースの役割を、実際の「システムやソフトウェアコンポーネントの配置レイヤー」に落とし込んだものです。
システム設計者は、このエンティティベースモデルに基づいて実際のシステムアーキテクチャ(ソフトウェア構成)を組み立てていきます。
以下に、エンティティベース参照モデルの全体構造を分かりやすい構造図で示します。

4大エンティティを構成する「23の機能要素(FE)」
「機能ビュー(Functional View)」は、エンティティベースモデルの各レイヤーをさらに細分化し、デジタルツインシステムが備えるべき「機能要素(Functional Elements: FE)」を定義したものです。
ISO 23247-2は、合計23個の機能要素(FE)を定義しています。各レイヤーのFEの役割と、現場での具体的な実装・動作イメージを解説します。
レイヤー1:User Entity(ユーザー層)
デジタルツインから提供される情報やサービスを最終的に活用する最上位アプリケーション群、人、および他のデジタルツインです。
1. User Interface FE(ユーザーインターフェース)
- 役割: 人間とシステムの対話を支え、意思決定者(現場監督、管理者、設計者など)が視覚的に状態を把握し、システムに対して手動指示を下すための境界画面を提供します。
- 具体的な動作イメージ:
- 3D CADデータやシミュレーションツールから生成された工場の稼働状況ダッシュボードの表示。
- オペレーターがWebブラウザ上で、現在の生産進捗や工作機械のスピンドル負荷をリアルタイムに確認するUI。
レイヤー2:Digital Twin Entity(核心層)
物理現場(OME)をデジタル空間に複製して管理・シミュレーションを行う中核エンジンです。このエンティティは機能的に3つの「サブエンティティ」に整理されています。
サブエンティティA:Operation and Management(運用・管理)
デジタルツインそのものを稼働・維持・同期するための基本機能を担います。
2. Digital Representation FE(デジタル表現)
- 役割: OMEから収集された静的・動的データに基づいて、デジタル空間上に物理要素の情報(3Dモデル、キネマティクス、基本情報、属性など)をモデリング・定義します。
- 具体的な動作イメージ:
- 工作機械のデジタルツインにおいて、機械の形状スペック(例:「Pocket NC」の5軸構成やベース、キャリッジ、スピンドル、Aテーブル、Bテーブルなど)や、切削工具の寿命情報などの静的スペックを STEP(ISO 10303)規格 で定義し、保持します。
3. Presentation FE(提示)
- 役割: 複雑なデジタルツイン上の情報を、人間や他システムが理解しやすい形式(3Dグラフィックス、グラフ、テキスト、動画など)に整形して出力します。
- 具体的な動作イメージ:
- 3Dシミュレーションソフトウェア(Altair Twin Activateなど)を用いて、現場の工作機械の動きをリアルタイムに同期させた3Dアニメーションとしてディスプレイ上に描画します。
4. Synchronization FE(同期)
- 役割: 物理現場(OME)の状態変化に追従し、リアルタイム、あるいは目的に適合した(fit-for-purpose)遅延度でデジタル表現の状態を常に連動・更新します。
- 具体的な動作イメージ:
- 現場のエンコーダから送られてきた軸座標データに追従して、0.1秒以下の遅延でデジタルモデル上の仮想アームを同じ角度に同期回転させます。
5. Maintenance FE(保守)
- 役割: デジタルツインシステム自体の稼働ステータスを監視し、エラーの特定や自動修復、システム的な健康状態の維持管理を担当します。
- 具体的な動作イメージ:
- データ通信の切断を検知した際に接続を自動的にリトライする機能や、メモリリークを防止するための自己監視プロセスの稼働。
サブエンティティB:Application and Service(応用・サービス)
デジタル表現されたツインを活用し、高度な処理や意思決定支援(予兆保全など)を走らせる実務エンジンです。
6. Simulation FE(シミュレーション)
- 役割: 現実の物理モデルに基づき、「もしこういう動きをさせたらどうなるか」という未来の挙動予測(What-ifシミュレーション)や、動的負荷の予測を走らせます。
- 具体的な動作イメージ:
- 工作機械の「干渉チェック・シミュレーション」をバックグラウンドで並行稼働させ、数秒後に工具とテーブルが衝突する(クラッシュ)危険性がないかを事前に演算・予測します。
7. Analytic Service FE(分析サービス)
- 役割: 現場から上がってきた稼働履歴データやシミュレーション結果を、機械学習アルゴリズムや統計的な解析モデルを用いて高度に分析します。
- 具体的な動作イメージ:
- スピンドルモーターの電流値と振動センサーの周波数成分を解析し、工具の摩耗度(Tool Wear)を推定して、破損する前に交換アラートを判定する予兆保全エンジン。
8. Reporting FE(レポート)
- 役割: シミュレーション結果や分析サービスから算出された生産履歴、品質予測、稼働エラーなどをわかりやすい活動報告書やアラーム情報として出力します。
- 具体的な動作イメージ:
- シフトごとの稼働率、総合設備効率(OEE)、異常発生ログなどを集計し、自動的にPDFやCSV形式でサマリーレポートを生成します。
9. Application Support FE(アプリケーション支援)
- 役割: 予兆保全(Predictive Maintenance)や異常時自動適応(Reactive Adaptation)など、目的別の各デジタルツイン・アプリケーションの実行・デプロイ環境を制御・支援します。
- 具体的な動作イメージ:
- 複数の監視タスクや最適化スクリプトの実行をスケジューリングし、コンテナ(Dockerなど)環境での円滑なプログラム起動とリソース割り当てを管理します。
サブエンティティC:Resource Access and Interchange(資源アクセス・交換)
外部システムや他のツイン、動的な物理デバイスとの間で、情報や接続のハブとして機能するインターフェース層です。
10. Interoperability Support FE(相互運用支援)
- 役割: ERPやPLM、MESといった、工場がすでに持っているシステムとデジタルツインとの間のデータの相互連携を仲介・保証します。
- 具体的な動作イメージ:
- MESから本日の製造指示(オーダー情報)を取り込んでデジタルツインを初期化(プロビジョニング)したり、完了報告をERPのデータベースにAPIを介して自動フィードバックしたりします。
11. Plug and Play Support FE(プラグ&プレイ支援)
- 役割: 工場内に新たなセンサーや機器(OME)が追加された際、面倒な手動設定なしで自動的に検出(Discovery)し、対応するデジタルツインと即座に動的接続させます。
- 具体的な動作イメージ:
- 新規に稼働を開始したスマートセンサーが、ネットワーク上で自らのデバイスプロファイル(AAS: Asset Administration Shellなど)をブロードキャストし、デジタルツイン側がそれを検知して自動的にデータパイプラインへ統合する仕組み。
12. Peer Interface FE(ピアインターフェース)
- 役割: 異なるメーカーのツインや隣のラインのツイン同士が、お互いに自律的に連携(ツインの連合化:Federation)するための直接通信インターフェースを提供します。
- 具体的な動作イメージ:
- ロボットアームのデジタルツインと、コンベアのデジタルツインが直接通信し、コンベアの停止をトリガーにロボットのピッキング動作を同期させる自律的な分散協調システム。
13. Access Control FE(アクセス制御)
- 役割: デジタルツイン内のデータや制御プログラムにアクセスするユーザーや外部システムに対して、権限(ロール)に基づいた厳格なアクセス制限を実施します。
- 具体的な動作イメージ:
- 「現場オペレーターは閲覧のみ(Presentation FEへのアクセスのみ)」、「保守エンジニアはパラメータの変更や制御(Controlling FEへのアクセス)が可能」といった、ロールベースアクセス制御(RBAC)の実装。
レイヤー3:Device Communication Entity(デバイス通信層)
物理的な現場(OME)とデジタル空間(核心層)を仲介し、データ収集と制御命令のやり取りを行うゲートウェイ層です。
サブエンティティA:Data Collection(データ収集)
14. Collection Identification FE(収集対象特定)
- 役割: OMEからデジタルツインを同期するために、どのセンサーのどの項目(例:ノズル温度、主軸速度など)をいつ収集すべきかを定義・特定します。
- 具体的な動作イメージ:
- データ収集設定ファイルで、CNC工作機械のコントローラーから「Spindle Speed (主軸回転数)」と「Axes Coordinates (各軸の現在位置)」を「50ミリ秒周期」で吸い上げるようにサンプリングルールをマッピングします。
15. Data Collecting FE(データ収集)
- 役割: 物理機器のPLCや外付けセンサーから、実際の生データ(アナログ信号、デジタル通信データなど)を直接吸い上げます。
- 具体的な動作イメージ:
- 工作機械上の MTConnectアダプターおよびエージェント(Agent) を稼働させ、機械内部のメモリやセンサーから生データをXMLデータストリームとして継続的に取り込みます。
16. Data Pre-processing FE(データ前処理)
- 役割: 吸い上げた膨大な生データからノイズを除去(フィルタリング)したり、一定時間の平均値を算出(集約)したりして、デジタルツイン核心層に送り出す前の一次加工を行います。
- 具体的な動作イメージ:
- 振動センサーから1秒間に数万回出力される高周波の生データに対し、FFT(高速フーリエ変換)処理を施して、主要な特徴量(RMSやピーク値など)にデータを圧縮してから上位システムへ送信します。
サブエンティティB:Device Control(デバイス制御)
17. Control Identification FE(制御対象特定)
- 役割: ツイン側から送られてくる制御命令を、現場のどの物理デバイス(OME)に届けるべきかを一意かつ安全に特定(ID識別)します。
- 具体的な動作イメージ:
- 制御コマンドにターゲット機器の UUIDやIPアドレス、資産ID(Asset ID) を付与し、ネットワーク上の数ある工作機械の中から対象となる特定の5軸加工機を安全に特定します。
18. Controlling FE(制御)
- 役割: デジタルツインやユーザーからの命令を受け取り、それを物理デバイス(OME)が理解できる具体的なコマンド言語(Gコードやロボットのネイティブコマンドなど)に組み立て直して送信します。
- 具体的な動作イメージ:
- 上位シミュレーションが決定した「加工速度の20%減速指示」を受け取り、工作機械が理解できるフィードレート・オーバーライド値(例:
F80)へ動的にGコードまたは制御レジスタ値を書き換えて物理機器へ伝送します。
- 上位シミュレーションが決定した「加工速度の20%減速指示」を受け取り、工作機械が理解できるフィードレート・オーバーライド値(例:
19. Actuation FE(作動・実行)
- 役割: 受信した制御コマンドに基づいて、物理的なアクチュエータ(サーボモーター、主軸、リレー、スイッチなど)を現実世界で物理的に稼働(作動)させます。
- 具体的な動作イメージ:
- 工作機械のサーボアンプへ電流が流れ、XYZ軸のボールネジが回転して加工テーブルが指定座標へ実際に物理移動する動作。
レイヤー4:Cross-System Entity(全体横断層)
システム全体の信頼性、安全性、翻訳機能を支えるために、全レイヤーを縦割りにせず「横串(サイドカー型)」で貫く支援レイヤーです。
20. Security Support FE(セキュリティ支援)
- 役割: デジタルツイン全体の認証、認可、通信の暗号化、データ完全性を保護します。
- 具体的な動作イメージ:
- IEC 62443規格に準拠したセキュアな通信経路(TLS/SSL暗号化など)を確立し、上位システムと下位ゲートウェイ間のメッセージングを保護して中間者攻撃や不正な割り込みを防ぎます。
21. Data Translation FE(データ翻訳)
- 役割: システム間でやり取りされるデータの構文(XML ➔ JSON変換など)やプロトコル(TCPソケット ➔ MQTT変換など)、あるいはデータモデル(STEP-NC ➔ MTConnect変換など)の翻訳を担います。
- 具体的な動作イメージ:
- Pythonスクリプトやミドルウェアを用いて、MTConnect Agentから出力されたXML形式の工作機械稼働データをJSON形式に構造変換した上で、軽量な MQTTプロトコル(Mosquittoブローカーなど) のトピック形式にパブリッシュする仕組み。
22. Data Assurance FE(データ保証)
- 役割: 現場から上がってきたデータやツインから出力されたシミュレーションデータが、正確で一貫しており、欠損や改ざんがないことを保証します。
- 具体的な動作イメージ:
- データの送信元が本物の機械であることを検証するためのデジタル署名のチェックや、パケットのチェックサムを検証してデータ伝送時のデータ破損がないことを保証する処理。
製造要素レイヤー:OMEs(物理現場)
デジタルツインフレームワークの観測対象となる、現実のあらゆる製造要素です。
23. Resource-specific FEs(各リソース固有機能)
- 役割: 各OMEタイプ(人員、機器、材料、プロセス、施設、環境、製品、支援文書)が物理的に備えるべき、あるいは示すべき固有の動作や状態変化そのものを表します。
- 具体的な動作イメージ:
- 工作機械(機器)が「主軸温度35度、工具位置X:120.5、ステータス:切削中(RUNNING)」という物理的な物理挙動や状態そのものを示すこと。
実装から学ぶ「参照アーキテクチャ」の設計図(NISTの3つのユースケース)
ISO 23247-2の有効性を実証するため、米国のNIST(米国国立標準技術研究所)は、独自のスマート製造システムテストベッド(SMS Test Bed)や工場のショップフロアにこのアーキテクチャをマッピングした3つの代表的なユースケースを設計・提案しています。
これらは、Part 2の機能要素(FEs)が「具体的にどのように繋がって1つのソリューションを形成するのか」を学ぶ最高の設計図になります。
① マシン・ヘルス・デジタルツイン(Machine Health DT)
工作機械(CNC)の予期せぬ故障によるダウンタイムを排除するための「予兆保全」システムです。
- データ収集フロー(下から上へ): 物理CNCマシンの挙動(スピンドル回転数、送り速度、電力消費量、振動・温度など)を
Data Collecting FEが MTConnect を用いて収集し、Data Pre-processing FEでノイズ除去と特徴量集約を行います。 - 核心層(Core Entity)での処理:
Digital Representation FEに格納されたマシンの構造仕様(軸の慣性、剛性など)と、上がってきたリアルタイムの振動データをAnalytic Service FEとSimulation FEが分析・突合します。これにより、「軸受が異常振動しており、20時間以内に故障する確率が85%」といった未来の障害を予測します。 - 制御フロー(上から下へ): 予測されたアラートは
Presentation FEを介してUser Interface FE上にわかりやすくグラフとアラームメッセージとしてオペレーターに提示されます。それだけでなく、Controlling FEが「マシンの送り速度を自動的に15%落として負荷を緩和する」という制御命令を生成し、Actuation FEを介して現場の工作機械へフィードバック(自動減速コマンドの送信)を行います。
② 動的スケジューリング&ルーティング・デジタルツイン(Scheduling and Routing DT)
多品種少量生産の現場において、突発的なマシントラブルや急な優先オーダーの変更に対し、リアルタイムに生産順序と物流ルートを再最適化するシステムです。
- データ収集フロー: 工場全体の全設備(Equipment)、仕掛品材料(Material)、人員(Personnel)の位置とステータス( tested / waiting / working など)を監視し、 MTConnect 等で一元収集します。
- 核心層での処理:
Digital Representation FEに現場の稼働情報、オーダー情報(MES/ERPから取得)をマッピングし、 CMSD (Core Manufacturing Simulation Data) 規格などを用いた離散イベントシミュレーター(Simulation FE)を走らせます。「もしここでラインAにオーダーを割り振ったら全体のリードタイムはどうなるか」を数千パターン高速にシミュレーション(What-if分析)し、Analytic Service FEが「最短・最安となる最適生産計画」を再算出します。 - 制御フロー: 再構築された最適スケジュールは
User Interface FEに即時反映され、管理者に「ルート変更のレコメンデーション」として通知されます。また、自動制御が有効な場合は、Controlling FEから無人搬送車(AGV)やロボットに対し「搬送先を変更せよ」という直接的な制御コマンドが発行されます。
③ 仮想試運転デジタルツイン(Virtual Commissioning DT)
現実の工場に実機(工作機械など)が搬入・設置される前に、制御プログラム(PLCロジック、サーボパラメータ、NC切削プログラムなど)をバーチャル空間上で事前に検証・デバッグするためのデジタルツインです。
- このツインの特徴:物理機器が「未設置」: 通常のデジタルツインと異なり、最初は現場にOME(実機)が存在しません。そのため、この検証フェーズにおけるアーキテクチャモデル(NISTの元レポート等で定義される設計図)では、物理マシンとの実接続(下層)は、仮の通信路であることを示す**「点線の矢印(抽象的な仮想接続)」**として表現されます。
- 核心層での処理: 実機の代わりに、ベンダーから提供された設計マニュアル(静的仕様)や、類似マシンの過去の稼働実績データをもとに
Digital Representation FEを構築します。シミュレーター(Simulation FE)にPLCロジックやNCプログラム(Gコード)を流し込み、3Dシミュレーション(VR技術などを併用)を稼働させます。 - 具体的な検証作業:
User Interface FEを介して、エンジニアは「ツールパス(工具の軌跡)に干渉(衝突)が発生しないか(Kinematic commissioning)」、「サーボパラメータの設定値が最適か」を実機なしで検証します。 - 実機設置後(点線が実線に変わる瞬間): 仮想空間上でプログラムのデバッグが完了した後、最適化された制御コードが実機に流し込まれます。そして、実機が実際に搬入され接続された瞬間、それまで点線だった接続パイプライン(
Data Collecting/Actuation)が実線へと変わり、即座に「稼働監視ツイン(マシン・ヘルス等)」へと移行します。
最新研究が暴く「23の機能要素(FE)」の実装率:理想と現実のミスマッチ
ISO 23247は、「真のデジタルツイン」を構築するためにこれら23の機能要素(FE)をすべて、あるいは同等の機能レイヤーを実装することを強く推奨(処方)しています。
しかし、スウェーデンのMälardalen大学(MDU)やイタリアのGran Sasso科学研究所(GSSI)らの共同研究グループが、世界の140の学術研究から厳選した29の最先端デジタルツインアーキテクチャを調べたところ、以下のような衝撃的なミスマッチが浮かび上がりました。
機能要素(FE)別の実質実装率(29件の分析データに基づく)
| ISO 23247-2 機能要素(FE) | 実在の実装率(% / 事例数) | 現場でのリアルな実態 |
|---|---|---|
| Data collecting FE (データ収集) | 100% (29件) | センサーデータの取得は、ほぼすべてのデジタルツインで当然のように最初から実装されています。 |
| Digital representation FE (デジタル表現) | 69% (20件) | 3Dモデルやメタデータの構築は、大半のシステムで基本情報として実装されています。 |
| User interface FE (ユーザー画面) | 72% (21件) | 人間が監視・操作するためのグラフィカルな画面表示機能も高い実装率を誇ります。 |
| Simulation FE (予測シミュレーション) | 41% (12件) | 複雑な計算を伴うシミュレーションソルバーの実装は、半数以下に留まります。 |
| Controlling / Actuation FE (自動制御) | 17% (5件) | 物理デバイスへ自動的に制御コマンドを返す、双方向のクローズドループを備えた「本当のツイン」はわずか2割以下でした。残り8割以上は、一方向のデータ表示器(デジタルシャドウ)に留まっているのが現実です。 |
| Security support FE (セキュリティ) | 21% (6件) | セキュリティは実装段階で後回しにされがちであることが浮き彫りになりました。 |
| Access control FE (アクセス制御) | 3% (1件) | 複数ユーザーがいる環境でも、アクセス制御はほぼ未実装です。 |
| Plug and play support FE (プラグ&プレイ) | 0% (0件) | 機器を動的に即時接続する機能。現在の工場の資産が静的かつモノリシック(固定化)なため、実装要求自体が後回しにされています。 |
| Peer interface FE (他ツイン連携) | 0% (0件) | 異なるメーカーや異なるセルのツイン同士を連動(Federation)させる機能。ツイン単体を作るのに精一杯なためです。 |
| Data assurance FE (データ保証) | 0% (0件) | データの正確性や一貫性を保証する機能。技術的難易度が非常に高いため敬遠されています。 |
このミスマッチが私たちに与える「設計のヒント」
この「理想と現実のギャップ(Misalignment)」データは、これから私たちがデジタルツインシステムを設計するにあたって、2つの極めて有益なヒントを教えてくれます。
① 背伸びをせず「特定のパターン」から構築する
規格書を文字通り読むと「23個すべてを実装しなければならない」と感じてしまいますが、実在の優秀なシステムの100%がそれを無視し、用途に合わせた「機能要素の特定のパターン」のみを実装していました。
監視重視パターン(デジタルシャドウ)Data collecting ➔ Data Pre-processing ➔ Digital representation ➔ User interface
シミュレーション・保全パターンData collecting ➔ Digital representation ➔ Simulation ➔ Reporting
まずはこの監視重視やシミュレーションといったシンプルなパターンから開発を進め、現場での成果を確認しながら、段階的にセキュリティ( Security support FE )や自動制御( Controlling FE )を追加していくアプローチこそが、開発コストを無駄にせず着実にプロジェクトを成功させるための「勝負の鉄則」となります。
② 規格に書いていない「データストレージ」は設計段階で用意する
学術調査では、29のシステムの実に 69%(20件)において必須コンポーネントとして実装されていた「データストレージ(Data storage)」が、ISO 23247-2の23種類の機能要素からスッポリと抜け落ちている ことが指摘されています。
規格上は一時的なデータの中継と伝送しか想定されておらず、永続化されたデータベースの存在が機能要素として明記されていません。
しかし、現実の予兆保全や機械学習の学習モデル構築、歴史レポートの作成には 「過去データの蓄積ストレージ」 が不可欠です。
設計段階では、規格のFE一覧に描かれていなくても、必ず履歴データストレージ(時系列データベースやデータレイク等)をコアエンティティの周辺に考慮したアーキテクチャ設計を行いましょう。
まとめ
ISO 23247-2が定める「参照アーキテクチャ」と「23の機能要素(FE)」は、私たちが自社システムの設計図を描く際、「何をどこに配置すればよいか」を整理するための極めて強力な羅針盤となります。
しかし、規格は完成された不変のルールではなく、実装の成熟度に合わせて進化していくべき生きたガイドラインです。この「23の機能要素」を自社の目的に合わせて賢く選択し、データストレージなどの現実的に必要な機能を補いながら、無駄のないスマートなデジタルツインアーキテクチャを設計しましょう。
※本記事は、一般に公開されている情報をもとに、ISOについて学べる内容を整理したものです。正式な仕様や要件については、ISO規格本文をご確認ください。
関連記事

ISO 23247-3徹底解説:製造業デジタルツインのデータモデリングと情報属性
製造業向けデジタルツインの国際規格ISO 23247-3を解説。静的・動的データの分類、Identifier・Status・Locationなど7つの情報属性、既存規格とのマッピング、人員・機器・材料のOME別データ例を通じて、相互運用性を意識したデータモデル設計の考え方を整理します。

ISO 23247-1徹底解説:製造業デジタルツインの概念・基本原則・全体要件
製造業向けデジタルツインの国際規格ISO 23247-1を徹底解説。デジタルツインの国際定義、8つのOME(観測可能な製造要素)、Fit-for-purpose、技術中立性、相互運用性、同期要件、セッションベースの運用ライフサイクルまで整理します。

国際規格「ISO 23247」で学ぶデジタルツインの超リアルな解説ガイド
製造業向けデジタルツインの国際規格ISO 23247を、スマートプランターの身近な例から解説。4つの主要エンティティ、情報属性、ネットワーク設計、Digital Thread、Twin Composition、NISTの5軸CNC実装事例、現場での理想と実装ギャップまで整理します。
